「どんなショックがあっても、長期で見れば株価は上がってきた」
株価指数の超長期チャートを引き合いに出して、そうした主張を展開する人は少なくありません。たしかに一見すれば、株価は何度も危機を乗り越えてきたように見えます。しかし、この「長期的な右肩上がり」には、前提が存在します。大切なのは、それらの前提が今後も維持されるかどうかを見極めることです。
株価指数の超長期的な上昇は、単なる企業努力や市場の自然成長の産物ではありません。そこには、インフレ(貨幣価値の低下)による名目値の押し上げに加え、市場規模の拡大とコスト構造の最適化という二つの力が作用してきました。
市場規模の拡大には、主に三つの要素があります。第一に、人口の増加。第二に、企業の事業領域の拡大。そして第三に、グローバル化の進展です。特にこのグローバル化こそが、株価の持続的な上昇に決定的な影響を与えてきました。交易路の確保、関税や非関税障壁の撤廃、多国間の通商協定などを通じて、世界中の企業が新たな市場にアクセスし、効率的な資本配分を実現できたからです。
同時に、企業はグローバルにサプライチェーンを構築し、より安価なコストで財やサービスを供給する体制を整えてきました。これは企業利益率の向上に直結し、株主価値を押し上げてきました。
こうした前提のもとであれば、たとえITバブルやリーマンショックのような一時的なショックが起きても、いずれ回復するという見通しには合理性がありました。しかし今、その前提そのものが揺らいでいるのです。
トランプ関税はまさにこのグローバル化のリバーサルを本格化させるものです。そして、世界最大の経済大国であり、世界最大の消費市場を有するアメリカが舵を切ったことは、単なる一国の政策変更にとどまらず、国際通商秩序の枠組みそのものを変質させる可能性をはらんでいます。
また、近年では、国家安全保障を理由とする経済的介入、あるいはデカップリングが進みつつあります。特定の技術分野や戦略物資に関しては、効率性ではなく、政治・地政学的な優先順位が供給網の設計を左右するようになりました。
このように、グローバル化や効率化といった、株価上昇を支えてきた構造的なドライバーが、制度環境や地政学の変化によって根底から揺らぎ始めているのです。これが意味するのは、過去のショックとは本質的に異なる地殻変動が、今まさに進行しているということです。
そのため、どれだけ長期を志向する投資家であっても、「これまで右肩上がりだったからこれからもそうだ」と安易に構えることはできません。前提が変われば、投資方針も見直さなければなりません。それは、リターンの最大化というよりも、リスクの本質を捉え、適切に制御するための、極めて実践的な姿勢にほかなりません。