一括投資と「積立投資」の比較―Nasdaq-100のシミュレーション結果から考える

投資
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近年、安易に「積立投資」を薦める人が増えています。今回はこの問題について考えてみたいと思います。

画像: Pixabay

ある質問者の悩み

Nasdaq-100の成長性に魅力を感じ、Nasdaq-100向けの投資資金として10万ドル準備しましたが、最近の乱高下に少し躊躇しています。CFA(米国証券アナリスト)の方に合理的な運用方法について相談したところ、

・Nasdaq-100の投資利回りは、1986年1月から2022年5月までの実績値で年15.45%となっていて有望な投資先
・世界を代表するハイテク企業が集まっていて、今後も同様の成長性が見込める
・定期的に同じ金額を投資する「積立投資」では、価格が高い時に少なく低い時に多く買える(ドルコスト平均法)
・「積立投資」はタイミング取らずに投資ができるので、1日100ドルずつ4年間くらいに分散して投資してみては?

と「積立投資」を勧められました。私もNasdaq-100の値動きの再現性(リターン15.45%・リスク23.78%)を信じて投資したいと思っているのですが、一括投資か「積立投資」かで迷っています。どう考えればいいでしょうか?

※フィクションです

答えは明快です。そのCFAは詐欺師です(単なる証券会社社員であればリテラシー不足で勧めている可能性はぬぐえませんが、CFAであれば今からお話しする内容は認識しているでしょう)。

まず、「積立投資」の前提について考えてみましょう。株価が上がる下がるということが少しでもわかるならタイミングをとれば良い話なので、「積立投資」は「株価がランダムに動いてタイミングをとれない」ということを前提にしています。そして、ランダムに動く中でも「積立投資」をするのは、ランダムな中にも長期的には法則性(ここでは過去のリターンの再現性)があると信じることを前提としています。

質問者が信じるとしている「リターン15.45%・リスク23.78%」を前提として、一括投資と「積立投資」でどのような差があるのか見ていきましょう。

シミュレーション

シミュレーションでは、1年=250日、Nasdaq-100を株式とみなして当初株価1株=100ドル、配当・金利・取引コストなどは無視できるものと仮定。Nasdaq-100のリターン・リスクは前述の通り仮定して、価格変動パターンを1000回生成し、1日100ドル×1000日=10万ドルの「積立投資」と10万ドルの一括投資を比較しました。

最終株価と金額加重平均収益率

上図は、Nasdaq-100に実際に投資した金額を投資元本とした金額加重平均収益率(年率)を散布図に示したものです。同じ最終株価でみた場合の一括投資と「積立投資」とブレは、「積立投資」の平均取得単価のブレによるものです。この表では、特にどちらが優位かはわかりません。同じNasdaq-100に投資しているので当然といえば当然です。

ここで、前提に立ち返ってみましょう。質問者の方は、すでにNasdaq-100への投資資金として10万ドル準備しています。「積立投資」をするということは、積立額の残余分を現金として寝かせることを意味しますこの判断も投資判断となりますので、投資資金10万ドルに対する収益率を算出してみましょう。

最終株価と投資資金に対する収益率

概ね一括投資が収益率の面で上回っていることを確認できます。

投資資金に対するリターン

さらに、横軸に一括投資の収益率、縦軸に「積立投資」の収益率をとると上図の通りとなります。原点から45°の右上がりの直線を基準として、点が下にあれば一括投資が収益率で優位、点が上にあれば「積立投資」が収益率で優位となります。「積立投資」が優位となる点は限られるようです。

資産評価額

上図のように4年後の資産評価額(最終株価×保有株数)で見てみると、収益率の年率換算値よりもより視覚的にわかりやすいかもしれません。

ここで、いくつか指標について数値で確認しておきましょう。

一括投資と積立投資のシミュレーション結果の数表

まず、投資を躊躇する理由として元本割れを気にされる方がいるかと思います。上表で確認すると、元本を確保できた確率は一括投資86.6%に対して「積立投資」は84.2%となります(今回は4年という比較的短い期間をとりましたが、より長期になればこの差はさらに広がります)。多くの方が安心感を感じているであろう「積立投資」は一括投資より元本割れリスクが高いのです。これは、一括投資が4年間というある程度長期的な収益率に収束する期間のリスクに晒されていたのに対して、「積立投資」は、投資期間が短くなるため、より短期間の収益率、つまり十分に複利効果を得られていない期待収益率(累積)をベースとするランダムな動きに大きく翻弄されてしまうリスクに晒されていることからくるものです。つまり、「積立投資」のように長期的にドルコスト平均法を適用して投資タイミングを「分散」すると長期投資の時間分散効果を低下させてしまうのです。長期投資におけるドルコスト平均法の適用は、時間分散効果の低下要因として働くということをしっかり覚えておいてください。

※ここで言う時間分散効果とは、SMBC日興證券の初めてでもわかりやすい用語集の時間分散の項でいう2番目の意味です。

もうひとつが長期間投資することによって、1年当たりの価格変動のブレが小さくなる効果を期待するもので、長期投資によるリスク低減効果のことを時間分散効果と呼ぶことがあります。だだし、1年間投資した場合の価格変動のブレよりも、10年間投資した場合の価格変動のブレが小さくなるというのは、あくまでも1年当たりの平均のブレが小さくなるというだけで、10年間の累積の価格変動のブレは、1年間の場合よりも大きくなる点には注意が必要です。

時間分散 | 初めてでもわかりやすい用語集 | SMBC日興証券

次に信頼区間97.7%の下限を最悪のケースと想定した場合にどのくらい投資元本を確保できているか考えてみましょう(投資元本から確保できた額を差し引けば最大損失額となります)。すると、一括投資・68,888ドル、「積立投資」・76,441ドルとなります。投資元本に対しての差異は約7.6%と比較的軽微です。資金に余裕があれば差額を追加投入すれば済む程度でしょう。

次に平均資産評価額を見てみましょう。一括投資が186,786ドルであるのに対して「積立投資」は138,697ドルと、投資額10万円に対して約48.1%もの差がつく結果となりました。この差は、前提に基づけば数十年後にはさらに大きな金額の差異となって現れてくるでしょう。

こうした差異がどこから生じるかと言えば、「資産評価額=最終株価×保有株数」であることから、保有株数の寡多にかかってきます。

積立投資の平均取得単価と保有株数

上表は「積立投資」の平均取得単価と保有株数を散布図に示したものです(一括投資の場合には、横軸100ドル・縦軸1000株の1点を指します)。投資金額の総額が10万ドルですから、平均取得単価と保有株数は反比例します(任意の散布点からX軸・Y軸に垂直に下した線分とX軸・Y軸で囲まれた長方形の面積が投資金額の総額となります)。このため、いかに安く買えるかが保有株数の積み上げにとって重要となってきます。

Nasdaq-100の値動きの長期的な再現性(リターン15.45%・リスク23.78%)を信じる中で、「積立投資」のように投資を先延ばしにする行為は、「平均取得単価の上昇→保有株数の減少」という結果を生みます。

これを見方を変えて言えば、10万ドルを一括投資する場合を基準とすれば、「積立投資」は一括投資した上で投資金額の残余分相当額についてNasdaq-100に長期的に売り向かっていることに等しい行為です。Nasdaq-100の値動きの再現性(リターン15.45%・リスク23.78%)を信じているのであれば、自殺行為に等しいと言えるでしょう。

シミュレーション結果に基づいて私がリスク回避的な投資家に提案するとすれば、「75,000ドルを一括投資」かと思います。これで平均的には4年後に「積立投資」以上の成果(資産評価額ベース)が期待できる他、大きな上振れの可能性も取りに行くことができますし、4年後に下振れしていればナンピン買い、特に最悪ケースに至った場合においても残りの25,000ドル全額でナンピン買いすれば「積立投資」の最悪ケースと同等の保有株数は確保できます。元本割れリスクも一括投資の方が低いままですので、積立投資よりもあらゆる面で優位かと思います。

もしくは、短期的なランダムな動きに対してのドルコスト平均法は有効性がありますので、(こちらはシミュレーションしていませんが)半年〜1年かけて投資金額を均等割してドルコスト平均法で購入する、という方法も考えられます。いずれにしても、ドルコスト平均法を長期間適用する形での「積立投資」という選択肢はありえません。

最後に

以上、簡単に「積立投資」が一定の前提の下では有用でないことを説明しました。今回は、Nasdaq-100への投資資金として10万ドルを準備した、過去の値動きの再現性を信じる、などの前提を置きました。有用性の判断は前提によって異なりますので、ご注意ください。

私自身はマクロ環境などから中長期的な見通しを立ててマーケットに臨んでいます。しかし、そうした見通しを入れず、一定の期待リターン・リスクを信じて長期分散投資する方策をとるのであれば、投資資金の準備がある場合、期待リターンが低く元本割れリスクが高い「積立投資」ではなく、一括投資のほうが合理的選択であることは明らかです。

毎月分配型投資信託が隆盛を極めた時期、私はこれに疑義を呈していました。その認識が一般的となって金融庁が動くまでには、遅れること5年くらいはかかったかと思います。一方、ドルコスト平均法を長期間適用する形での「積立投資」はどこの誰に騙されたのか金融庁までもが旗振り役となっています※。そもそも「積立投資」自体が超長期間の運用を前提としていますので、この過ちが是正されるころには、このブログをご覧の皆さんは老後を迎えてるかもしれません。

※つみたてNISAのことではありません。つみたてNISAは投資余力が乏しくても少額ずつ投資に回していこうというコンセプトであり、前述の前提と置かれている状況が異なります(新たに得た投資資金を毎月一括投資している形です)。ここで問題としているのは、高校で始まった金融教育向けの「基礎から学べる金融ガイド」などの記載です。なお、同ガイドには投資家の誤認を招く誤った数値の取り扱いをした図表が掲載されており、金融庁の意図あるいは能力を大変危惧しているところです。この点については、下記の記事でその一部をご紹介しています。

なお、別記事「下落局面においても『つみたてNISA』を用いた積立投資を続けるべきか?」では、つみたてNISAの非課税投資枠による効果をシミュレーションしています。

詐欺師が安易に「積立投資」を勧めるのにはわけがあります。

  1. 最終的な結果が超長期間経たないと見えてこないので好都合
  2. 少額からと言うことで相手の心理的な障壁を取り除くことができて好都合
  3. 積立途中に上がったら儲かっていてよかった、下がったら安く買えて良かった、と言えて好都合
  4. 一度積立投資を開始させればその後の営業コストが不要なので好都合
  5. 投資信託残高を積み上げるだけでチャリンチャリンと儲かるので小口投資家を低コストで取り込むのに好都合
  6. この数年間上昇してきたので、投資期間終盤の利回りに大きく左右される積立投資に有利となっており、都合の良いバックデータをとれる
  7. ひたすら「コツコツ積立」と言っておけばいいので、手口を変える必要がなく、自己研鑽が不要なので好都合

こんなところでしょうか?

※その時点で有用な投資アイデアを提供しようとなればバックデータの良いものになりがちですので、バックデータの良いものを扱うこと自体には問題はありません。問題は、都合の良いバックデータを用いて間違った結論を導いていることにあります。

投資勧誘を受けた場合には、その発言内容に矛盾がないか、注意深く耳を傾けてみましょう。

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