つみたてNISAで積立投資すべきか、下落を待って一括投資すべきか
あなたが「中期的な株価動向は見通すことができる」という立場に立っていて、かつ中期的な下落を想定している場合、積立投資を続けるのは、通常は合理的ではありません。積立投資に回す資金を他の資産(安全資産など)で運用し、下落局面が終了した後に一括投資するほうが合理的です。
ただし、つみたてNISA(リンク先の金融庁HPの説明には一部データの扱いに誤りがあります。その点については、別記事「長期投資の特色」をご覧ください。)の場合には、事情が異なります。非課税投資枠に年度ごとの上限(毎年40万円)があるため、限度枠をフル活用したいと考えている投資家の方々も多いかと思います。
いまつみたてNISAを利用して投資する(戦略①)か、下落を待ってつみたてNISAによらずに投資する(戦略②)か、そのどちらが有利かを数式で表すこと自体は非常に簡単です。現在の価格を100、投資額を100、下落時の価格をX、売却時の価格をY、税率を20%と置くと、
戦略①の利益 ≧ 戦略②の税引後利益
↔ 戦略①の1単位あたり利益×数量 ≧ 戦略②の1単位あたり利益×数量×(1-税率)
↔ (Y-100)×(100÷100) ≧ (Y-X)×(100÷X)×(1-20%)
ただし、Y≧X
をXとYが満たすとき、戦略①のほうが有利となります。
仮に、売却時の価格Yが現在の価格100の4倍の400だとしましょう。この場合、下表のとおり、15%程度までの下落であれば戦略①が有利となります。
下落時の価格X | 売却時の価格Y | 戦略①の利益 | 戦略②の税引前利益 | 戦略②の税引後利益 |
95 | 400 | 300 | 321 | 257 |
90 | 400 | 300 | 344 | 276 |
85 | 400 | 300 | 371 | 296 |
80 | 400 | 300 | 400 | 320 |
積立投資は、投資を定期的に行っているだけの行為なので、毎回この比較を行うことによって、つみたてNISAを利用して積立投資するのと、下落を待ってからつみたてNISAによらずに一括投資するのと、どちらが有利か、という疑問は一応は解消されます。
シミュレーション
前項に述べたように数式にするのは簡単です。しかし、現実には下落時の株価Xと売却時の株価Yを完全に見通すことは困難です。また、毎月見直しを行うことは煩雑でもあります。そこで、下記の前提のもとでシミュレーションを1000回をおこなってみました。
前提条件
- 投資期間は現在から20年とし、20年後にすべて売却する
- 税率は20%とする
- 投資対象の価格は下記の前提の下で月単位でランダムに動くものとする
- [今後3年間]リターン=-7.0%、標準偏差=25%(いずれも年率)
- [それ以降]リターン=+8.5%、標準偏差=25%(いずれも年率)
- つみたてNISAの非課税枠は全期間40万円/年とする
- 投資単位は無視できるものとする
- 戦略①では、毎月つみたてNISAにて40万円÷12を投資する
- 戦略②では、36か月後に120万円を投資するほか、それとは別に36か月後から毎月つみたてNISAにて40万円÷12を投資する
- 現在及び36か月後は年初とし、戦略②では3年分のつみたてNISAの非課税投資枠は利用できないものとする
この前提条件のもとでのシミュレーション結果は下記の通りとなりました。
3年後の価格 | 20年後の価格 | |
平均値 | 80.42 | 333.87 |
中央値 | 73.56 | 181.81 |
戦略① | 戦略②税引前 | 戦略②税引後 | |
平均値 | 2004万円 | 2064万円 | 1804万円 |
中央値 | 1481万円 | 1503万円 | 1362万円 |
このケースでは、想定通り3年間下落したものの、戦略②における120万円の一括投資による取得コスト低下効果は、戦略①の非課税効果を上回ることは、平均値としても中央値としてもできませんでした。ふたつの戦略から選ぶならば、純粋な投資としては戦略②の方が合理的ですが、非課税効果を加味するとつみたてNISAで投資し続けたほうが有利だったと言えます。
なお、この結果はあくまでも、上記の前提条件(特にリターンと標準偏差)によるものであり、前提条件が変われば結果も変わるものであることにはご留意ください。常につみたてNISAが有利となるわけではありません。
つみたてNISAの制度設計に対するお願い
つみたてNISAの制度は、その非課税制度が最終的な利益に与える影響が大きく、投資判断に大きな影響を与えるものとなっています。ただでさえ投資には不確実性がありますが、つみたてNISAの制度設計が別の不確実性を生じさせ、難しい投資判断をより難しくしていると言えます。
この制度的不備を解消し、個人投資家の投資判断を投資対象の価格変動のみに焦点をあてる合理的なものとするためには、未使用の非課税投資枠の繰越制度が不可欠だと思います。非課税投資枠を消化するために投資対象の見通しに沿わない不合理な選択をせざるを得ない状況は、運用会社の懐を温めるだけであり、個人投資家の利益にはならないでしょう。
また、そうした改善によって投資対象のファンダメンタルズに依拠した投資を促すことは、長期・積立・分散投資を支援する制度趣旨とも合致するのではないでしょうか?金融庁には、ぜひとも改善を検討していただきたいと思います。
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